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■豊津古の散歩道
かつて豊前国として栄えていた豊津町。
それを証明するように多くの史跡が残っています。
先人のたどった道を散歩してみましょう。

豊津町は、京都郡の中心部にある豊津丘陵台地に立地する緑豊かな田園のまち。豊前国分寺・国分尼寺や甲塚古墳群、八景山古墳群などや、縄文、弥生時代の遺跡が多数存在しています。

その昔、律令時代には豊前国の国府が置かれ、今の国分や、惣社一帯は豊前国の中心でした。また、聖武天皇の勅願により天平九年に豊前国分寺が建立され、国作には豊前国惣社として伝えられる惣社八幡神社があり、国司が赴任する度に祭礼が行われるなど、政治の中心地として栄えていました。

やがて鎌倉時代以降、豊前国府の衰退とともに、歴史の舞台から遠ざかっていきます。しかし、江戸時代の天保年間(1830〜1844)に小笠原藩が豊津台地の開発を行い、再び活気を取り戻し始めました。五年間の歳月をかけた開発は、天保十五年に終わり、商人や職人も多く住み、今の豊津町の原作ができあがりました。
 
豊前国分寺三重塔
聖武天皇の勅願により建立された国分寺院。建物は天正年間に大友氏の兵火で消失しましたが、本堂は寛文六年に、三重塔は明治二十一年に再建されました。
思永館(旧制豊津中学校講堂)
明治35年に建設された優美な洋館で、小笠原藩が豊津に移った後、黒門、思永館で藩勢再興の子弟の教育のため建設されました。
福岡県有形文化財に指定されています。
徳永川ノ上遺跡
縄文・弥生・古墳から鎌倉時代に至る約4,000〜700年までの複合遺跡で、3世紀邪馬台国の卑弥呼の時代の貴重な遺物が出土しています。   
天平の塔
八景山の麓に、町のシンボルである国分寺の相輪をイメージして、高さ8.43mの塔が設置されています。
甲塚方墳
6世紀後半に築造された九州最大の方墳。墳丘は三段構造で長さ43m、幅35m、高さ9mの規模をもち、四面は正確に東西南北を指しています。内部は横穴式石室が築かれ、奥の玄室には旧中津郡の首長級の人物が埋葬されたと推定されています。
八景山護国神社
八景山山頂にある招魂社。慶応2年のご変動、会津戦争以降、第二次世界大戦までの戦死者を祀る護国神社です。また、、長さ13m、幅11.5m、厚さ9.0mの通称八畳岩といわれる一枚岩などの巨石が点在しています。
豊前国府跡公園
奈良時代に豊前国に設置された国の役所跡で、昭和59年からの発掘調査で豊津町国作に所在していたことが確定。奈良、平安時代の遺物が出土しています。
小笠原神社
明治18年に小笠原家の先祖を祀るため、旧豊津藩の天守閣建設予定地に建立されたものです。 
歴史民族資料館
収蔵資料1万余点。旧石器時代から奈良、平安時代、江戸、明治初期と順をおって興味深い資料が展示されています。
 
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